PROFILE

はじめまして。
はる
と申します。

当ブログに足をお運びいただき
ありがとうございます。

私は看護師として様々な分野で
10年以上勤務したのち

助産師資格取得を目指すため、
正社員として働いていた仕事を一度退職しました。

生活のため、昼間は派遣看護師として働き、
夜間は受験勉強を行う日々でしたが、
2度の入学試験不合格を経験し、
3度目の正直で、助産師学校入学試験に合格。

その後、12年ぶりの学生生活を1年間送り、
無事に助産師国家試験に合格しました。

助産師学校に入学することは
助産師国家試験に合格することよりも難しい

言われるくらいで、
私自身とても苦労しました。

また、
助産師学校入学後の助産学生向けの勉強方法や
国試対策の情報はネット上に溢れているのに、

助産師学校入学を目指す受験生向けの情報は
とても少ない
のだと、身を持って体験しました。

社会人としてキャリアがありながら、
退職を決意して学生生活を送るということは
並大抵のことではありません。

また、勉強方法が分からないままでは、
合格できるのかという不安も大きくなります。

私は2度も入学試験に失敗していたため、
不安と恐怖心が強くなり、

助産師を目指すこと自体を
何度も諦めようと考えてしまうくらいでした。

けれど、その度に、
なぜ、助産師を目指したのか。
どうして助産師になりたいのか。
という、原点に振り返り
自分自身を奮い立たせていました。

その結果、助産師学校入学試験合格、
その後の国家試験合格に繋がったのです。

そこで、社会人から助産師学校を目指し、
無事に入学試験に合格した私から

今現在、助産師学校入学を目指している
受験生の方々へ向けて

情報発信をしていこうと思い立ち、
このブログを立ち上げました。

なぜ、このようなブログを立ち上げたかと言うと
私と同じような失敗をせず、
諦めない心を持って、チャレンジをしてほしい

と思ったからです。

私は今、助産師として働いていますが、

助産師になることができて良かった
あの時、諦めないで良かった

と、心から思っています。

助産師資格取得を目指し、
いまこのブログを読んで下さっているあなたにも
そう思ってほしいのです。

まずは、私のことを知っていただくため、
生い立ちを年表にまとめました。

はるのプロフィール年表

0歳:山形県うまれ(現在は埼玉県在住)

5歳:風邪をひき、かかりつけの小児科を受診。

その際に担当してくれた看護師の優しさに触れ、幼稚園児の時に看護師を志す(幼稚園の卒園アルバムにも将来の夢は看護師さんと書いてある)。

13歳:中学生の頃はバレーボール部に所属。学力はそこそこ。

中学生の頃が一番青春していたように思う。

15歳:山形県内に唯一、県立の5年一貫の看護学校があり受験。推薦では不合格。

中学の担任には私の学力では無理だと言われていたが、何とか一般で合格。

ここから地獄の看護学生生活が始まる。

平日は毎日18時くらいまで学校で授業や実技練習に明け暮れる。

実習が始まると膨大な事前学習と先が見えない記録物にストレスMAXに。

元々勉強が好きではなかった私はなかなかカリキュラムについていけず勉強が更に嫌いに…。

看護学生の時はいつも最下位か下から5人の中に入るレベルで、赤点を取ったこともしばしば。

それでもクラスメイトと切磋琢磨しながら何とか高校3年間を過ごし、高校卒業。

18歳:5年一貫校であったため、看護専攻科へはストレートで入学。

この2年間は高校の時と比べ物にならないくらい、とにかく忙しかった。

勉強・実習はもちろん、休みの日は国家試験対策の模試のために学校へ。

遊びに出かけることはほとんどなかったくらい(というか記憶にない…)。

けれど、頑張りは報われ、専攻科修了&看護師国家試験に無事合格。

20歳:就職のため状況し、神奈川県の総合病院へ。

希望した病棟は専攻科時代にインターンシップ制度でお世話になった病棟で、無事にその病棟へ配属。

混合外科病棟だったけど、内科や他の科の患者さんも多く、忙しかったけど私の看護師としての基礎ができたと言っても過言ではないくらい沢山のことを学んだ。

24歳:総合病院を退職し、訪問看護の道へ。

訪問看護のイメージってベテランの看護師が行くってイメージだったけど、総合病院での経験があったことで働くことができた。

この頃、看護師10年目を前に何か資格を取りたいと思いはじめ、ふと、産科分野への興味が沸々と湧き始め、助産師資格取得を目指すように。

28歳:訪問看護を退職し、日中は老人ホームで働きながら、夜は勉強する毎日。

しかし、なかなか勉強に身が入らず、その年に受けた助産師学校の入学試験は不合格に(1回目)。

翌年も受験を考えていたため、働きながら産科が学べるところに転職しようと、産婦人科クリニックへ就職。

30歳:助産師学校入学試験を受験予定であったが、2年ほど付き合っていた彼との結婚が決まり埼玉県への転居のため、その年は受験せずに埼玉県の大学病院へ転職。

この病院には周産期センターが併設されていたため配属希望を出すも、はじめの1年は婦人科メインの産婦人科病棟へ配属。

1年間、婦人科病棟で働きながら助産師学校入学試験勉強を行うも、その年に受けた学校は不合格(2回目)。

異動届を出し、希望であった周産期センターへ配属。

31歳:異動した先である総合周産期センターでは、ハイリスク妊婦が多く、母体搬送や産褥搬送もどんどん受け入れているところでとにかく忙しかった。

しかし、助産師として働く同僚の姿を見て、私も助産師として働きたいとの気持ちが増し、勉強にも身が入るようになった。

そして、その年の助産師学校入学試験に無事に合格(3回目)。

看護師国家試験に合格した時よりも嬉しかったのを今でも覚えている。

32歳:千葉県の助産師学校へ入学。

自宅から通える距離ではなかったため、夫を埼玉県に残し、学校近くで一人暮らしを開始。

2020年4月入学だったのでCOVOD-19真っ只中で、授業はzoomだったり、色々制限されたりと、なかなかうまくいかないことも沢山あった。

実習は看護学生時代とは違って、分娩進行者がいれば、夜中でも実習先の病棟から呼ばれるスタイル。

分娩介助をさせていただき、記録に追われ、落ち着いたかと思えば新たな分娩進行者を受け持つ…という、ハードすぎる実習期間を何とか乗り切った。

12年ぶりの学生生活はとても緊張したが、同期と頑張れた1年間だった。

そして無事に助産師国家試験に合格。

33歳:元々働いていた大学病院へ助産師として再就職。

助産師として働くことに喜びを感じ、資格取得できて良かったと改めて感じる。

もちろん分娩介助を担当し、生命の誕生に立ち会えるのも助産師の特権であると感じたが、助産師として働いていくなかで、産後の母児のサポートを行う必要性を改めて感じ、興味を持つようになる。

34〜35歳:助産師として働くことにも慣れてきた頃、自分自身の妊娠・出産を考えるようになる。

本当は再就職後、半年ほどでの妊娠を考えていたが、なかなか妊娠できず、検査の結果、多嚢胞性卵巣症候群であることが判明。

1年半ほどの不妊治療を行い、無事に妊娠。

助産師としての知識や、仕事現場でさまざまな妊婦さんとの関わりを持っていたため、無事に何事もなく妊娠生活を送ることができるのか不安な毎日を送る。

36歳:特に大きな異常もなく、ギリギリまで仕事を行うことができ、その後産休へ。

産休に入ってから、何事もなく経過していたが、38週に入った頃より徐々に血圧上昇とむくみが見られるように…。

予定入院前の最後の妊婦健診時には尿蛋白も出ており、そのまま緊急入院。

妊婦健診時も入院後のモニターでも、胎児心音異常があり、血圧も160台へ上昇したため、翌日に準緊急帝王切開にて男の子を出産。

妊娠・出産は本当に奇跡であると、身を持って経験した。

冒頭にも書きましたが、
私は助産師の資格取得ができて
本当に心から良かったと思っています。

はっきり言いますと、
助産師学校への受験勉強も、
入学後の勉強や実習も、
国家試験勉強も、
全てが大変でした。

何度も挫けそうになりました。

けれど、やっぱり最後に辿り着くのは
助産師になりたい
という揺るがない強い気持ちでした。

今まさに、挫けそうになっているあなた。

大丈夫、自分を信じて努力すれば
きっと夢は叶います。

けれど、どう勉強したらいいか分からない、
面接で何を聞かれるのか、
自分をどうアピールすればいいのか…など
受験するにあたりたくさんの不安や迷いもあると思います。

そんな不安や迷いを抱えながらも
助産師学校入学を目指し頑張るあなたを
私は全力でサポートします。

あなたをサポートさせていただくため、
まずは公式LINEよりご連絡ください。

一人でも多くの方が
助産師資格取得の夢を叶えることが
できますように…。

ここまでお読みいただき
ありがとうございました。

はる